あなたの街の司書(司法書士)のコーナー~その①~
私の職業は司法書士,略すと『司書』・・・全く別の職業になってしまいますね。
そこで(どこで?),私司書の資格はありませんが,読書大好き司法書士として,お薦めの本を発信していきたいと思います。
第一回目の今回ご紹介するのは『自省録』(マルクス・アウレリウス著:岩波文庫刊)
こちらの一冊。著者は何と古代ローマ帝国の皇帝!ローマの長い歴史の中でも,優れた皇帝が続き最も繁栄したとされる五賢帝の中の一人です。
2000年も前に書かれた本ですが,読み進めるために歴史の知識は特に必要ありません。等身大の一人の人間としての皇帝が自らに向き合い,悩み,また自らに言い聞かせる数々の名言が収められていて,普遍的な内容となっているからです。
当時のローマ帝国の版図は北はイギリス,南はエジプトまで広大な領土を有していました。そんな絶頂期にある帝国の皇帝が記した書です。さぞかし輝かしい業績を誇る内容になっているのかと思いきや・・・冒頭から自身の家族や教師,身の回りの教訓を与えてくれた人々への感謝が並べられています。この『自省録』はもともと出版するつもりもなく書かれていたもの。感謝の言葉も見せかけではなく,ひたすら謙虚に,自信を客観視しようと努めていたことが窺えます。
五賢帝の特徴として,それぞれ世襲ではなく,有望な次期皇帝候補を遺言等の形で指名する形で権力が移譲され,この事が優秀な皇帝の続いた理由ともされています。
著者マルクスも皇帝の家に産まれたわけではありませんが,幼少のころから哲学を学び優れた資質をみせ,時の皇帝ハドリアヌスに「最も真実な者」と呼ばれるほど見込まれ,次期皇帝アントニウス・ピウスの養子に指定する形で将来の皇帝となる運命が定められました。
きっと,マルクス自身としては一人の哲学者として過ごせた方が幸せだったのではないのかと思うほど,彼の治世中は帝国の境界線の至る所で異民族との衝突が起こり,転戦に次ぐ転戦で帝国各地に赴く日々が続きました。
そんな皇帝としての激務を,ローマ市民としての務めとして専念し,自らを奮い立たせていた様がこの『自省録』には克明に記されています。
『すべての出来事や自分に運命づけられた事柄を心の底から歓迎するような人間となし,特に必要な場合や公共のための場合を除いては,他人が何をいい,何をおこない,何を考えているかについてめったに考えもしないようにする。このような人間は自分に関係した事のみを活動の対象となし,宇宙全体を織りなすものの中から自分に振り当てられているものについてたえず想いをひそめている。そして自分の務めはこれをよく果たすように努め,自分に与えられている運命は善であることを確信している』
自らが理想とする善き人間であれるようにと,自らに言い聞かせている姿が目に浮かびます。
皇帝といえども何事も思い通りに行きはしません。
『「なんて私は運が悪いんだろう,こんな目にあうとは!」否,その反対だ,むしろ「なんて私は運がいいのだろう。なぜならばこんなことに出会っても,私はなお悲しみもせず,現在に押しつぶされもせず,未来を恐れもしていない」』
運命から逃れられない人間の現実を直視しつつも,確固たる意志を持ち続けることの強さを信じている事が伝わってきます。
そして,皇帝の務めを果たしながら,無力感を感じることもあったのでしょう
『アレクサンドロスも彼もおかかえの馬丁もひとたび死ぬと同じ身の上になってしまった』
といったように人生の儚さに幾度もふれています。しかし,だからと言って無気力になってしまうのではなく,無用な人からの称賛を重んじることを避けつつ,己の内からの善に従って行動することで今この瞬間を良く生きるという哲学が繰り返し,綴られています。
最後に,この寒い冬の季節特に身に染みる言葉を取り上げます。
『明け方に起きにくいときには,つぎの思いを念頭に用意しておくがよい。「人間のつとめを果たすために私は起きるのだ」自分がそのために生まれ,そのためにこの世に来た役目をしに行くのを,まだぶつぶついっているのか。それとも自分という人間は夜具の中にもぐりこんで身を温めているために創られたのか』
皇帝と言えど,私たちと変わらない事で悩んだり格闘していたんだなと微笑ましくなるとともに,自分も朝目覚める時に自分に言い聞かせたいなと思いました。